足立という地名の由来は、あたりに葦がたくさん生えていたので、「葦立ち」といったのが、「足立」になったという説が有力です。
「足立」の地名が記載されている最も古いものが、平城京二条大路から発見された木簡で、天平7年(735年)と記されています。
鎌倉時代のころから村も増え、室町時代になって千葉氏の所領となります。
その後、江戸幕府の支配下になりなり、明治になり東京府の所管に属し、明治11年に 47ヶ町村をもって南足立郡が設けられ、東京府に編入されることとなりました。
南東の荒川南岸に位置する千住地区は、江戸時代には日光街道の宿場街として発展した経緯もあり、現在でもターミナル駅である北千住駅は区内随一の繁華街となっています。